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二日目はH海道埋蔵文化財センターでの資料見学会で、例年とは少し異なる日程・時間配分だったが、会場には石器実物とブロック分布図が並べられ、様々な遺跡の遺物を比較できて面白かった。研究者同士が会場のあちこちで調査担当者に質問をしたり、議論の輪ができ、ワイワイと石器を見学するといういつもの風景が展開された。もちろんD埋蔵文化財センターの白滝資料はあまりにも膨大でもちろんごく一部だけの展示であったが、やはり迫力があったし、K白滝5遺跡の資料は幌加沢の出口にある遺跡なのに、遠間地点とはまったく異なる様相であり、個別の『技法』の定義について考えさえられるような資料で興味深かった。B幌町の資料も旧石器終末期を考える上でたいへん勉強になる資料だったし、C歳市出土の細石刃石器群もA井氏の再整理を経てエンドスクレイパーが何本も接合する石刃の接合資料があり目を引いた。
今回の企画をした世話人会の方々にとっては数々の苦労もあっただろうが、大変有意義な二日間を過ごさせてもらった。
来年は20周年ということでY形権での開催。今年のような時期なら行けそうなんだけどなあ。暮れの押し詰まった時期にはなかなか出られそうもない。来年はいつ開催なのだろう、今から気になる。
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by north-archaeo | 2005-11-28 01:08 | 旧石器
T北日本の旧石器文化を語る会が土日に札幌で開催された。もう19年目という。発表のトップバッターは本学出身でH大大学院生になった学生の発表だったのでこちらまで緊張してしまった。上川盆地でのH大の旧石器調査をまとめたものであったが、成長を感じさせる発表でもあり初々しくもあり良かった。初の学会発表がアットホームな雰囲気のこの会だったのは幸運かもしれない。
黒曜石原産地関連の発表が目立った。栃木県高原山黒曜石原産地遺跡群の発見者の一人であるK武氏の発表は黒曜石露頭と原産地遺跡を発見した興奮が伝わってきた。H海道埋蔵文化財センターによる白滝遺跡群の大規模調査もいよいよ終結に向かっている。そんな中でのS木氏の発表は10トンの黒曜石との格闘という整理作業の成果であり、白滝遺跡群全体を概観する優れたものだった。うまくまとめると世界的に誇れるレベルの研究になるだろうことを予感させた。原産地遺跡群に巨大なトレンチを一本入れた形になっているのだから、その成果が面白くない訳がない。石器分布密度の粗密を遺跡別に示したり、どんな石器群のブロックがいくつあるのか分かりやすく表にまとめられていたり、遺跡群内での各遺跡の機能にも触れ刺激的だった。
K村先生発表の幌加沢遠間地点の継続的調査も、整理作業でアクロバティックな接合資料が増え、興味深いものだった。発表全部を紹介することは出来ないが、最近学務でなかなか学会に参加できなかった私にとっては刺激的な一日となった。
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by north-archaeo | 2005-11-28 00:57 | 旧石器
今日は札幌で特色GPのフォーラムがあった。大学関係者以外には「特色GP]といっても何のことやら分からないかもしれない。特色ある大学教育を各大学が申請し、それに採択されると文科省から補助金が助成される制度である。これに採択された大学の教育取り組みがポスターセッションで紹介され、審査経過や採択された取り組みなど審査員を務めた大学関係者によるフォーラムが札幌でも開かれたということだ。フォーラムは今回で3回目の参加だ。一回目は大阪、昨年は札幌で参加した。毎回、ポスターセッションが面白い。パネルで教育取り組みが紹介されていて、その前にはその大学の関係者が2名ほどいて説明もしてくれる。今日は東京電機大学、筑波大学、京都コンソーシアムなどの担当者の話を聞いてきた。採択されるのは申請した大学のうち10分の1
だから名誉なことである。担当者の説明も熱っぽくて、引き込まれる。
この特色GP、私の大学はまだ採択されたことがない。3回とも申請しているのだが残念ながら通らない。すでに2回ももらっている大学もある。審査に問題がないかと疑えばキリがないが、でも取りたいものだ。1学年の学生数160名に対し110名の教員がいる国立F井大学が昨年に続き今年度も別課題で採択されているが、これなど不平等の極みだと思うのは僕の僻みだろうか。私立はそんな余裕のある教員数を抱える大学などない。これと同列で一緒に審査されるのではたまったものではない。
審査に問題があるが相変わらず改善されない点である。
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by north-archaeo | 2005-11-21 19:43 | 大学教育
M日新聞の捏造報道後、授業が終わる時間には教室の前にいつも数名の新聞記者が来ていた。授業が終わると記者に囲まれ、質問攻めにあったのだが、一人ひとり話さないとならなかった。各社の記者に一緒に話そうとすると、別々にお願いしますと言われ、研究室や博物館準備室で一人ひとりの取材に応じた。取材が終わると8時くらいになっていて、毎日ぐったりだった。取材に来る記者は「前期旧石器って何ですか?」「この事件では何が問題になっているのでしょう?」「昨日まで警察まわりで何も知らないんですが、一から教えてください」、こんな調子の記者も多かった。十分に記事も読んでこない記者が多いことには驚いた。夜は自宅にも記者から電話がかかってきたし、毎朝7時ちょうどにかかってくる某国営放送の記者からの電話には閉口した。質問は決まっていて「今朝の朝刊の関連記事を読んで一言」だったが、自宅で新聞全誌を取っている訳でなく、読んでいない記事についてはコメントできず困ったものだった。その国営放送の記者は、全部の新聞を取っていると思っていたのだろうか?
M日新聞報道直後に、当時の学長から「すべての取材(新聞社は言うに及ばず、テレビでも写真週刊誌でも)に対応すること、取材には出来るだけ丁寧に答えること、隠さずにすべて話すこと、発言がぶれないように気を配ること、卑屈に謝ったりはしないこと」などを厳命されていた。だから取材拒否はこれまで一度もしたことはない。
こうして報道への対応に毎日時間が取られたが、遺跡発見時には報道機関に大きく報じてもらった手前、あんな事態になったからといって取材に応じないわけにはいかなかった。しかし正直しんどかった。その取材の合間には通常通りに授業を行い、『遺跡』の関連町村へ説明に出向いたり、遺跡発見時や発掘時の出土状況写真やビデオの検討を開始し、石器の顕微鏡観察も始めていた。石器表面に付着していた赤褐色の物質を針でこそげ落とすてみると、磁石に反応することは、すでにこの頃には気づいていた。
出土状況の写真を拡大したり、ルーペで見たりしたが、どんなに詳細に検討しても捏造の痕跡をそこに見つけることは出来なかった。以前もこのブログで書いたが、全部ダメかもという思いと、どこまで(何年の調査まで)ダメなのかという思いとが交錯しながら、ただ日々の出来事に追われていた5年前の11月だった。
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by north-archaeo | 2005-11-19 14:29 | 捏造事件
表題の本には『今どきの若者を理解するための23の視点』という副題がつけられている(クラブハウス刊1500円)。2001年刊行の本だから新しいものではないのだが、『下流社会』の著者による本で、これが『下流社会』の下敷きになっていることがよく分かる。著者の考えのうち、若者(団塊ジュニア世代)に関するものだけを抽出している本である。若者相手の職業に就いているボクにとっては頷く点の多い示唆に富む本だった。著者が団塊ジュニア世代の様々な特徴を指摘しながら、説教くさい世代論にしないで、極めて現実的に分析してみせる点が読みやすさだろうか。著者は若者を、豊かな社会を背景に出現した新しい価値観を持った世代として、つまり近代が目指した社会の果てに生み出された新世代として見つめている。タイトルの「マイホームレス」はマイホーム主義の崩壊後、「最小限のものだけを携帯しながら移動しつづける、究極の都市人間でありストリート人間」である新世代を指している。
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by north-archaeo | 2005-11-17 11:56 | 大学教育
I氏の上記ブログは本当に容赦ないなあ。まあ学生時代から率直で生真面目な彼らしいブログだ。特に11月14日は辛らつだ。日本考古学の置かれている状況、世界の孤児である状況を鋭く表している。しかしこうした日本考古学の状況自体も日本社会に規定されて成立している訳であり、考古学研究者だけの問題ではないだろう。ポストプロセス考古学の中で、『真理探究』という無邪気な学問の方向への疑義が取り上げられていった様を横目で見てはいたが、自らの問題として考えたことはなかった、というのが正直なところだ。
出土したひどくあいまいなものを、どう見るかという前提の下に日本の「前期」「中期」旧石器は構成されていたわけである。「中期旧石器」と後期旧石器初頭の石器群が、さまざまな面でなぜ連続しないのか、僕も常に悩んできたし、変遷を理解し解釈しようとしてきた。だれもが出土したモノを前提に分類し、解釈を試みるのである。その取り扱いは慎重というより性急だったことは疑いない。結果的にこうして行った解釈の山が、「前期・中期旧石器」研究である。こうした性急な営為が学問的に無になったことは明らかだ。
しかしよく分からないけれども興味を引く、取り組んでみたい資料群が眼前にあったら、僕は再びそこに向かってしまうだろう。よく分からないから知りたいのであり、自分なりに理解してみたいのであり、未知のものがあれば挑んでみたいのである。これは僕自身の傾向かもしれないが、こういったある種の危なさを内包しつつも挑む態度なしに新しい分野は開けないのではないか。無駄かもしれない、危ないかもしれない、そんなことを分かっていても挑まずにおれないのが研究者なのではないか?捏造事件を通して多くの教訓を得たし、学問的な態度として常に懐疑の姿勢を持ち、慎重であることは非常に重要であることも再認識させられた。しかし挑むこと事態が罪とは思わない。僕は過ちを犯しやすい性癖を持っているのかもしれないが、取り組む人があまりいないから踏み進むのであり、そうした学問風土に育ったことは恥じていない。捏造事件を経て、若い研究者の未知なものへの態度自体を慎重にさせてしまっていたら、それが一番の負の遺産かもしれない。
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by north-archaeo | 2005-11-14 13:00 | 捏造事件
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週末私用で紋別に行った帰路に、久しぶりに白滝に寄った。市町村合併で白滝村は遠軽町に変わってしまったが。白滝13地点は写真の矢印下の部分である。以前、Y崎先生が「線路を歩いていて露頭があり、そこから黒曜石が顔を出していたんだ」と遺跡発見の経緯を話してくれた。台地裾部をJRが切っている。この露頭で石器を見つけ調査となったのだ。シルト層を出土層としているという。出土石器に磨耗痕はなく、石器接合もあるので、上流から流されてきたようには思えない。本石器群の位置づけについてはまだ問題が残っている。この石器群の整理作業に着手したいのだが、なかなか進まない。D埋蔵文化財センターの白滝遺跡群の発掘調査報告書はあと数年で完結するという。当方も頑張らねば。
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by north-archaeo | 2005-11-09 13:30 | 旧石器
M日新聞が前期旧石器2遺跡のねつ造を報道してから今日で5年が経った。ねつ造は数遺跡で直近の数年間という楽観論もあった。M城県教委やS台市教委、T北大学埋蔵文化財調査室の自分達の調査ではねつ造はない、とした記者発表や報告書はそうした楽観論をよく示している。当時「お前の調査はやられちゃったよな」という事をよく言われた。他はセーフという雰囲気があった。しかし福島県山形県での検証発掘では楽観論は吹き飛んだ。日本考古学協会の特別委員会や各遺跡の検証委員会での石器観察でもねつ造の証拠が次々と見つかった。
あれから5年経った。この一連の事件を通じて変わらぬ友情を確認することも出来たし、人の変節を間近に見ることにもなった。高名な研究者の無惨な変節は見苦しいばかりだった。この人がこんなことを言うのか!ということが相次いだ。自分自身の甘さ、至らなさは充分反省している。最古を追い求めた日々は、空しいものとなったがこれは仕方ないことだ。遺跡発見時には絶賛していた人の変わり身の速さには、驚かされた。自分はマスコミへの対応と検証に追われた日々で毎日夢中で一日一日を過ごしたことを思い出す。
旧石器研究はあの事件を経過して変わったのだろうか。この5年を振り返り、旧石器研究のあり方を私なりに振り返ってみたいと思う。
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by north-archaeo | 2005-11-05 23:49 | 捏造事件