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『下流社会』の読後に考えていたのは、学問と社会階層の問題である。ブルデューは確か来日して講演した時も、ノーネクタイで労働者階級出身であることをアピールしていた。自らの出身や階層を積極的に服装で示すという社会学者が、社会階層と物質文化の関係性についての研究をしていたわけである。上流階級的なるものにアンチの立場をとることを宣言するものなのか、出身階層を示すことを積極的にしたかったのか、それほど僕はブルデューには詳しくないから分からないが、研究者が社会階層を強く意識している点で印象に残っていた。自分の研究テーマやその方向性に自らの出身社会階層が影響すると言い出したのはイギリスのポストプロセス学派の考古学者たちだった。イギリスという国、社会の故と当時は考えていた。日本ではどうなのだろうか?実際に分析した例は知らない。考古学的な解釈に出身階層や世代的な相違があるのだろうか?
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by north-archaeo | 2005-10-25 12:50 | 考古学
光文社新書の三浦 展著『下流社会』を読んだ。昭和ヒト桁世代、団塊世代、新人類世代、団塊ジュニア世代という世代の消費や階層意識を扱った本である。読み終えてうなってしまった。ニートやフリーターの増加についても、低価格商品(100円ショップやユニクロ)と高価格商品(レクサスや高級輸入品)の商品群の2層化についても、なるほどよく説明している。日本が階層社会、「希望格差社会」になっているということが近年多くの社会学者の本で書かれている。この本も消費動向を扱いながらそのことを示している。

階層による消費動向、趣味志向の違いを鮮やかに分析したのを見たのは、フランスのブルデューの著作(『ディスタンクシオン』)であった。それを読んだとき、ボクには単なる考古学的な関心しかなかった。つまり社会階層によって生活、嗜好、趣味はどのように異なるのか?それはどのように物質文化に反映されるか?という興味だった。考古学では物質文化から社会階層や階層化した社会を推測するからだ。しかし昨日『下流社会』を読んで感じたのは、日本と日本人のこれからはどうなるのだろうか?という漠然とした不安であり、そのとき大学は必要とされ続けるのだろうか?大学はそうした社会に対応してどう変わるべきなのか?という問いである。
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by north-archaeo | 2005-10-24 17:45 | 大学教育
日本旧石器学会誌の第1号の巻頭言をI田先生が書いている。少し長めの巻頭言であるが、面白いのでゼミでも取り上げて学生と一緒に読んでいる。日本の旧石器は本当に狩猟文化の道具なのか?という疑問を正直に述べている。私が北海道に来て旧石器資料を見るようになって最初に思ったのは「遺物量が多い」ということである。スクレイパー、彫器、細石刃の数量に圧倒された。自分が学生時代から見てきた南関東の旧石器遺跡の遺物量は比較すると貧弱である。今思うと、あんな遺物量でどんな暮らしをするのか?本当に短時間の滞在で遺された遺跡なのか?繰り返し利用されていないのか?その場所での活動量が違うのか?南関東の旧石器人の本来の活動場所は、今は海の底になっている埋没段丘ではないのか?などと考えたりもした。

そしてやはり本州の旧石器遺跡には「獣の臭いがしない」ように感じていた。

北海道の細石刃石器群の遺跡は「獣くさい」のだ。動物の狩猟、解体、皮革加工、骨角加工の石器が数多く出土し、まさに石器を消費しているのだ。本州では東北地方の石刃石器群には同じ印象を持つが、南関東以南では本当にそうした気配が希薄なのだ。長野のT氏の論文にもエンドスクレイパーの全国数量比較をした面白い結果が提示されていたが、をI田先生の巻頭言はそれを多方面から指摘したものだ。

旧石器文化像は列島内で一様ではないようだ。
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by north-archaeo | 2005-10-03 13:12 | 旧石器