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今日明日は上記大会が小樽で開催されている。今日はこのページでも以前話題にした指定管理者制度をめぐっての講演とシンポジウムだ。詳細は改めて報告するが、この問題に関する博物館関係者の危機感は深い。荒れた大会になるのか静かなまま終わるのか。お楽しみに。
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by north-archaeo | 2005-06-30 12:18 | 大学教育
今日は苫小牧にいた。ある高校で進学相談会があり、その後は市内の高校をいくつかまわった。来月苫小牧で開催する移動キャンパスの広報のためだ。会場としてお世話になる駅前ショッピングビルにも打ち合わせに立ち寄った。地方都市は今どこも駅前の商店街が苦戦している。大型のショッピングモールが郊外のバイパス沿いにできているからだ。駅前に人通りが少ないと、その街はサビれ感が漂う。だから苫小牧も駅前商店街が打開策を模索している。しかしこうした事態は政治と行政の責任だ。古代の都市でも商業地は為政者によって定められ管理された。駅前に人の貫流するシステムをつくる必要があるが、それは本来政治や行政がやるべきことなのだ。無料駐車場や無料循環バス、市電の無料区間の設定など、外国では街を守る取組みが多い。日本の都市計画の無策は街を殺していく。
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by north-archaeo | 2005-06-16 18:52
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忠類村ナウマン象記念館を久しぶりに訪れた。1969年に臼歯が発見されて翌1970年には全身の80パーセントの化石骨が見つかっている。最終間氷期でやや温暖な時期の堆積層から出土している、洞爺火山灰の下位だから約十万年前といったところか。この層に他にもナウマン象は眠っているのだろうか。忠類のナウマン象に石器が伴うのか。石器の可能性ありとされたものは未だに議論の火中にある。破砕レキも堆積層中に存在するので、判断は難しい。動物骨と石器が共伴する旧石器遺跡は日本では稀だ。一度は調査してみたいものだ。
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by north-archaeo | 2005-06-14 11:46 | 旧石器
捏造遺跡では当時、種々の理化学分析が成されたが、捏造を未然に防ぐ手だてとはならなかった。
今日の授業で理化学分析と考古学のことを話していて、M田先生のことを思い出した。座散乱木遺跡の石器検出面が火砕流堆積物中であり、人工物が残らないはずだとM田先生は発掘時から主張されていた。僕は大学院間の単位互換協定で慶応大学大学院のM田先生の授業を履修していた。先生に連れられ神奈川県須走の大露頭に富士箱根火山の堆積層を見に行ったり、ATの発見や広域火山灰の話を聞いたり、本当に有益で楽しい授業だった。その授業で、座散乱木遺跡を巡って、先生と議論したことを思い出す。M田先生は座散乱木は人工物ではないはずだと主張し、私は人工物であることは間違いないと主張し、議論の接点を見いだせなかった。結局この問題は二十年間置かれたままで、捏造発覚となったわけである。
もっと議論を深めることが出来なかったのか。宮城県に通い始めたばかりだったその頃の僕に、何も出来はしなかっただろうが、議論を尽くさなかったことが悔やまれる。

M田先生とはその後、第四紀学会の北海道巡検で、各地の露頭をバスで回ったときにご一緒した。そのときに北海道で古い石器を探したいので地層的に有望地はどこだろうか、と宿舎で相談したことを覚えている。そして北海道をフィールドとする何人かの火山灰学者を紹介していただいた。1994年のことだった。確か校務が忙しく帯状疱疹になってしまい、痛みをこらえて参加した巡検だった。痛みでバスのシートに寄りかかることが出来なかったが、火山灰学者らと露頭をめぐる楽しい3日間だった。
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by north-archaeo | 2005-06-08 18:47 | 捏造事件
今週末は2年生のコース学生恒例の道内博物館へのバス旅行だ。一昨年は旭川・網走。去年は江差・上ノ国・松前・函館・今金。今年は十勝・旭川だ。
札幌の学生はなかなか道内の地方都市を訪れない。東京ディズニーランドには行くが、帯広にはなかなか行かない。僕には不思議なのだが、札幌で育った子たちは「どうして網走や稚内や釧路になんか行くのですか?」と真顔で聞く。道内の地方都市にあまり関心がないのだ。東京や大阪の人たちが魅力を感じるものに、札幌育ちの子はあまり関心がないらしい。
だから毎年この旅行では地方へ連れ出すことにしている。北海道の魅力を少しでも感じてもらえたらなあ、というのもこの旅行の目的の一つである。
個性的な博物館を見て刺激を受けて欲しいし、何にでも関心を持つ態度が育てばなおいいのだが。
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by north-archaeo | 2005-06-07 19:56 | 大学教育
北海道の後期旧石器前半期は恵庭a火山灰の下位で出土する石器群とされてきた。恵庭a火山灰より上位で細石刃石器群が出て、下位では不定形剥片石器群が出土していたからだ。しかし千歳市柏台Ⅰ遺跡では恵庭aの下位で細石刃石器群が確認され、編年も見直された。恵庭aの年代は18000~20000年とされる。柏台Ⅰの石器群には炉跡が検出され、炭素年代が測られた。結果はもちろん2万年より古く、国内最古の細石刃石器群であることが確認された。当時大陸と地続きだった北海道には細石刃がいち早く入ってきたのだ。ナイフ形石器が主体の本州島とは大きな違いがあった。さて柏台Ⅰで確認された蘭越型の細石刃核はかなり完成された細石刃剥離技術で粗雑な印象はない。一方、道内最古とされる不定形剥片石器群の炭素年代は先にも書いたように二万五千年を越えない。わずか数千年で粗雑な不定形剥片石器群から細石刃石器群へと一気に変わったのだろうか?本州の石器群の年代観からは三万年近い年代が当然と思われる白滝Ⅰ石器群、帯広市若葉の森石器群、千歳市祝梅三角山石器群、いずれも二万五千年を越えないのは何故か。石器群対比に問題があ
るのか。炭素年代に問題があるのか。北海道だけに古いタイプの石器群が残存していて、急速に石刃石器群、細石刃石器群へと変遷したというのか。北海道の三万年の年代を持つ石器群はどんなものなのか。考えるべきことは尽きない。
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by north-archaeo | 2005-06-07 09:55 | 旧石器