<   2005年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧

最近よく議論されることだが炭素年代値が質量加速器で計測され精緻化されてきているため、それに伴ってある問題が出てきている。海洋リザーバー効果である。計測する炭素の由来が問題で、海洋由来の炭素であると年代が古くでてしまうという。海洋深層海流の影響などで古い炭素が海洋循環しそれを摂取する食物連鎖にのった生物の炭素年代は、どうしても古くなってしまうという。したがって木材などの炭であれば比較的正確であるが、貝や魚、もしくはそれを煮たコゲを測定すると年代が古くなってしまうのである。場所によっても海洋リザーバー効果の影響は異なるし、問題は色々出てくるだろう。
以前は炭素年代測定法自体の誤差の方が問題であったが、AMS法の普及で年代が精緻化されると暦年代較正や海洋リザーバー効果などが新たな課題となっているわけだ。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-30 11:49 | 旧石器
日常的に使っていたVAIOのノートが重い病にかかってしまい、何人かに見てもらいましたが重篤な状態で回復の見込みがたちません。このところ携帯からの投稿が続いていたのはそのためです。
別のノートを借りてデータの移設が出来て、今日は初めてそのパソコンでネットにも接続しています。ただしB5ノートなんで、大柄の僕にはいかにも小さく、使い慣れません。トラックパッドに慣れていたのに、なんとかスティックのマウス操作もうまくいかないので、マウスを買ってつかっています。んんん慣れない、、、。
重症のVAIOをシステムの再インストールして治すか、新しいA4ノートを購入するか。科学研究費を取り損ねた今年は、購入はつらいなあ。
しばらくは慣れないノートで小さくなって書き続けましょうかね。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-30 11:36
北海道の後期旧石器前半期石器群を見てきて、なかなか理解しがたいことがいくつかある。後期旧石器時代の最も古い石器群と位置づけられる千歳市祝梅三角山遺跡や帯広市若葉の森遺跡などの石器群は、本州に同様の石器群があり対比することができる。石器群の比較からは三万年に近い年代が想定されるのだが、実際に測定すると炭素年代は二万五千年を超えない。予想より新しくなってしまうのである。いつも測定値を見るたびに不思議に思っている。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-26 10:18 | 旧石器
大学博物館は近年各大学にさまざまな形のものが設置されている。旧帝大にはかなり大規模な総合博物館が置かれ、長年にわたり収集されてきた学術資料の保存、展示と研究が行われている。博物館専任の教員も配置されている。膨大な学術資料が学部の改組や担当教員の転出などで倉庫に死蔵されているのはよくあることのようだ。大学博物館で整理保管し次世代にそうした資料を残していくことができる。独法化されたとはいえ、旧帝大こそ採算を度外視して学問の府として大学博物館の本領を発揮して欲しいものだ。地方自治体の博物館では指定管理者制度がいよいよ導入され、保管・整理・研究などの業務に不安の陰がさしている。国立大学の博物館が地域の博物館との連携を進めれば、その役割は大きい。
一方で私立大学の大学博物館は各大学の特色を活かしたり、機能を限定した博物館を置くことが多い。韓国では多くの大学に大学博物館が設置され、この面では日本より進んでいる。
本学の博物館は小規模だが教育博物館としてうまく機能している。学外の博物館に全面的に依存していた実習を学内でも実施できるようになり、継続的かつ計画的な博物館実習が可能となった。日常の運営を学生にゆだねたことで自主的な意識が芽生えたことも嬉しいかぎりだ。
ただ今後は予算的に厳しいとはいえ、研究面での充実も図らねばならない。所蔵資料の調査研究が手始めだろうが、展示法や展示技術の研究、博物館評価の研究なども課題だろう。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-21 09:42 | 大学教育
日曜日はOGの結婚式だった。ゼミの学生でもう卒業して2年が経っている。マヤ文明についての卒論を書いた子だ。祝賀会では他のゼミ生と同じテーブルにしてくれたので、久しぶりに元ゼミ生達と話が出来た。みなそれぞれ自分の場所を得て一人前の社会人の顔になっていた。一つ席が空いていたが、彼は急な仕事で欠席だった。

新婦は学生時代から自分のHPを開いていて、卒業後、彼とつきあっている話も書いていたので、やっと結婚したか、という感じでもあるが、とにかくめでたい。おまけに子供ももうすぐ生まれるという、ダブルでの祝い事である。最近はホテル側も大したもので、そんなことは全く分からないドレスを用意している(?)ようだ。できちゃった婚と言われて久しいが、お目出度を期に結婚する卒業生は結構いて、珍しくはない。妊娠という大きなきっかけがなければなかなか結婚に踏み切れない社会になっているのかもしれない。
[PR]
捏造事件についての取材を受けた。アメリカのオピニオン誌東京特派員のD地氏がわざわざ大学にやって来た。3時間あまりの取材だった。藤村との関わりから、B場壇A調査の話、東京T摩ニュータウン遺跡の話など。O田氏にも何度か話を聞いているようだった。
またO村氏が捏造を知っていたか、に関する質問がかなり多かった。K張氏が捏造を前期と後期に分類し、前期におけるO村共同謀議説を展開していることもD地氏は良く知っていたし、K張氏の講演も聞いているそうだ。僕は「初めに結論ありきの取材」ではないのかを警戒した。マスコミのこれまでの取材でこうした姿勢を何度も何度も体験してきたからだ。D地氏の中でO村氏共犯のストーリーが出来ていて、何か証拠を探しているのなら、迷惑な話だからだ。
D地氏は特定のスタンスに立っての取材ではない、と言ってくれたのでそれを信じて話をした。僕の知る限り、共同謀議はまず有り得ないということを具体的にB場壇での調査を例に反論したが、なんだかとても空しい思いがした。

今やらなければならないのは、こんなことだろうか?後世に我々が説明として残さなければならないのは、どんなことなのだろうか。そんなことを思いながらインタビューを受けていた。捏造についての取材は久しぶりで、少し疲れた。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-17 14:49 | 捏造事件
c0065797_1519650.jpg
E庭市のカリンバ遺跡は昨年国指定史跡に指定された。5月中、市郷土資料館でカリンバ展が開かれている。展示はこれまでにもあったが、何度見ても縄文時代晩期の土坑墓副葬品はスゴい。漆製品の遺存状態の良さ、豊富さには目を奪われる。特に櫛がすばらしい。長い歯を何本も結んで漆を塗った色鮮やかな櫛。これを何本も頭に刺して埋葬された人物はどんな社会的な立場にあったのか。漆の木は北海道に自生しないから彼らは漆をどう入手したのか。木を本州から持ってきて移植したのだろうか。またこんなにすばらしい漆の技術はどうしてアイヌに受け継がれなかったのか。石狩市紅葉山遺跡で確認された縄文時代の漁労施設や出土木製品はアイヌのものとよく似ていて、連綿と受け継がれてきたことが伺われるというのに。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-12 15:19 | 考古学
c0065797_022735.jpg
待望の書が刊行された。アフリカで生まれたホモ・サピエンスはそれ以前の人類とどこが違うのか?ホモ・サピエンスがアフリカを出て、いかにして世界中に拡散していったか?そんなことが分かりやすく解説し、学会の最新の論争を紹介している。このページでも以前紹介した南アフリカのブロンボス洞窟(世界最古の貝製ビーズ出土)の2004年の調査についても書かれていて、僕も詳しいことが判り役に立った。1260円は安い。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-10 00:22 | 旧石器
河出書房新社の『道の手帖 宮本常一 旅する民俗学者』というムック本を連休に買って読んだ。数年前から宮本の本にはまっていて、何冊かまとめて読んだりしたが、とてもとても読みきれない。僕が宮本を読み始めたのは赤坂憲雄の著作を読んでからだ。日本の村々の様子を、歩いて旅をして聞き書きした膨大な記録。そうして得た宮本の博識。時々渡辺仁先生を思い出しながら読んだ。今こうした聞き書きをしようと思っても出来ない。日本の各地で長く長く受け継がれてきた様々な習俗や民具は、既に多くが失われてしまっているからだ。

上の本は「宮本常一って誰?」という学生に最適だろう。そして次に宮本常一著『民俗学の旅』をぜひ読んで欲しいと思う。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-09 20:18 | 考古学
僕の知る限り、B場壇の頃から、藤村は石器を当てるとすぐに掘り出してしまうクセがあった。通常は石器が見つかったら、掘り出さずに一部を露出させて写真を撮影し、それから慎重に全体を掘り、最後に取り上げる。しかし周囲が注意しても、彼は石器の一部が見えると人を呼び、周囲で見学させ、その前で掘り出していた。掘るところを写真に取らせはしたが、自分で取り上げることが多かった。それはまるでショーのようであった。皆が石器出土を望んでいた地層から、さっと石器を出してみせる。出土したことに感動を覚え、その石器を見たい、どんな石器なのか、どんな加工がされているのか、研究者も実は早く見たい。

取り上げないで!と言っても藤村は一連の流れの中で石器を掘り出してすぐに取り上げてしまう。捏造の痕跡を残さないためであることは今となっては明らかだが、誰も数十年間、止められなかった。周囲で共に発掘していた研究者はもちろん何度も何度も注意した。しかし彼はやめなかった。我々周囲にいた者は絶対にやめさせなければいけなかった。「彼は考古学的な教育を受けていないから、、、」という諦めに似た雰囲気もあった。すぐに石器を取り上げてしまう彼の行為を、たとえ関係が険悪になってでも、やめさせなければならなかった。悔まれる。
[PR]
by north-archaeo | 2005-05-06 13:40 | 捏造事件