カテゴリ:僕の周りの学生たち( 11 )

 明日は卒業式である。ボクは卒業式が嫌いで、あまりめでたいとは思えない。学生たちにとっては大学を卒業し、社会に出て行く、記念すべき日なのだろう。しかしせっかく育てた(育った?)4年生が、居なくなってしまう、と思うと残念でならない(自分勝手です、はい)。

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舞台表現コースの定期公演を観た。今年は野田秀樹・萩尾望都脚本の『半神』に挑戦していた。柄にもなくちょっと感動して胸が熱くなってしまった。めまぐるしく変わる場面と速射砲のようなセリフに始めは翻弄されるような思いだったが、後半にはグッと引き込まれるとてもいい芝居だった。ダンスと演技のコンビネーションも良く、公演後もタンゴのリズムが頭の中でなり続けセリフが耳に残っていた。学内シアターでの公演だったが、とてももったいない気がした。

演劇のコースの2期生は、この公演で卒業だ。去年卒業した1期生も今日は客席に駆けつけていた。このコースの連中はいつも練習に明け暮れ、公演ではいつも楽しませてもらっている。心から感謝したい気持ちだ。うちの大学で学年を超える友情や感動を授業の一環で育んでいるのは、残念ながらこのコースだけだろう。自分の教育的課題について考えさせられる公演だった。
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大学のジャズバンド部の定期演奏会に行ってきた。街中のライブハウス貸切で、教育大との合同ライブだった。1部2部の構成で前半しか聴けなかったが数人のセッションで3、4曲づつ演奏していた。みんなソロも聴かせる演奏でとても楽しかった。サックスやペットなど女子学生ばかりだったのが印象的だった。タバコと酒とジャズ、というのはもう過去のものなのかもしれない。
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日曜日はOGの結婚式だった。ゼミの学生でもう卒業して2年が経っている。マヤ文明についての卒論を書いた子だ。祝賀会では他のゼミ生と同じテーブルにしてくれたので、久しぶりに元ゼミ生達と話が出来た。みなそれぞれ自分の場所を得て一人前の社会人の顔になっていた。一つ席が空いていたが、彼は急な仕事で欠席だった。

新婦は学生時代から自分のHPを開いていて、卒業後、彼とつきあっている話も書いていたので、やっと結婚したか、という感じでもあるが、とにかくめでたい。おまけに子供ももうすぐ生まれるという、ダブルでの祝い事である。最近はホテル側も大したもので、そんなことは全く分からないドレスを用意している(?)ようだ。できちゃった婚と言われて久しいが、お目出度を期に結婚する卒業生は結構いて、珍しくはない。妊娠という大きなきっかけがなければなかなか結婚に踏み切れない社会になっているのかもしれない。
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本日はうちの大学のO―プンキャンパスでした。朝から大勢の高校生が来学し、キャンパス内施設見学ツアーや入試概要説明、体験授業への参加、教員や在学生との相談会などに参加しました。

高校生の真剣なまなざしに緊張すると共に、高校生らしいかわいい質問に微笑んでしまうこともしばしば。
昨年辺りから札幌圏の各大学もO-プンキャンパスが盛んになり、高校生はいくつかの大学を見て、志望校を決定するようです。うちの多くの学生がスタッフとしてこうしたOープンキャンパスにボランティアとして参加しています。大学博物館も春休み中は休館なのですが、今日だけは博物館研究会の学生のボランティアで開館し、高校生に展示品の解説を行ないました。

こうしたイベントのボランティアに多くの学生が協力してくれること、いつも有難く、誇りにも思っています。

次は5月下旬です。
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明日は卒業式だ。午後は短大部の卒業式もあり、夕方は街中のホテルで卒業パーティもある。そう昼には修士課程の修了証書授与式もある。例年忙しい一日になってしまう。

卒業に何の感慨を持たない学生もいるけれど、学生時代の終りは人生の中では確実に1ステージ別の段階へ上がることを意味している。卒業は簡単かもしれないが、一社会人、一企業人となることはなかなかに難しい。新たな環境に一人一人が適応していってくれることを願うばかりである。

3月は辞めて他大学に移る教員との別れの季節でもある。一緒に働いていた仲間が別の場所に去っていく。大学の世界ではごく日常的な出来事だが、それでも淋しい思いはする。別の場所で必要とされるのだから、喜ばしいことではあるのだろうが、去られる者にも感慨がある。

数年前、僕の敬愛する学科長が他大学に移った時は、結構へこんだ。もちろん本人の事情があって去ったわけだが、教育観や学生との接し方、教員としての仕事の仕方など、身近にいて学ぶところの多い先生だった。

しかしもうすぐ4月。新入生たちとの出会いの季節。新しい先生もやってくる。待ち遠しい。
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今日は昼間、卒業生の結婚式だった。新婦は僕のゼミ生ではなかったが、よさこいソーラン祭りの実行委員をしていた彼女を僕が応援していたからか、卒業後は彼女と友人とが時々飲みに誘ってくれていた。

教会で式を挙げて、そのあと閑静な住宅街にあるレストランに移っての披露宴だった。そう流行りのレストランウェディング。レストランの大きな窓の外には雪の積もった林が広がる最高のロケーションだった。新郎新婦の手作り感あふれる披露宴で、キャンドルサービスをしないでテーブルを回って写真を一緒に撮ったり、お色直しで雪の庭を二人歩いて登場したり、会場のあちこちにハートに切り抜いたフェルトが隠してあり見つけた人に景品が当たったり。

僕はスピーチをしたのだけれど、初めの乾杯のスピーチと最後の僕のスピーチしかないとは全く知らなかったので狼狽した。何人か話した後で軽く新婦の学生時代のことなど話せばいいと思ってたので、大事なスピーチと気づいて柄にもなく緊張してしまった。うまく話せただろうか、ちょっと心配だ。

最後に新婦がピアノで『川の流れのように』を演奏した。途中つっかえたり、止まってしまったりしたのが、かえって一生懸命さがこちらに伝わって、聞いていて胸がいっぱいになる演奏だった。とても良い披露宴だった。

今日は気持ちのいい午後となった。
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H大大学院の博士課程に進学したとの連絡がA君から来た。まことにめでたい。この春は博士に修士に一人ずつ本学から進学したことになる。

A君はGISに取り組んでいる。地理情報システム(GIS)の考古学への利用について、欧米では既に何冊も本があるが、日本ではまだ1冊(僕の管見によればですが)。まだまだ進んでいるとは言えないが、H海道教育委員会は進んでいて、既にD内の遺跡地図をGIS化して公開している。これはすこぶる便利だ。http://www.dokyoi.pref.hokkaido.jp/hk-bunka/flash/maplink.html
遺跡の位置がすぐに分かる上、情報まで載っている。すごい!

ところで十勝の遺跡で、国土地理院の地図にも等高線のない場所(?!)に遺跡があって、正確な位置を決めるのに困っている。A君にGPSを利用して位置決定できないか、相談してみようかなあ。精度によるけど探査中の遺跡位置をGPSで正確に記録出来ると便利そうだ。森を越えて三角点から測量するのは、ちょっとつらいからなあ。
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学生サークルというのは運営がなかなか昨今難しいようだ。すぐにつぶれてしまったり、特定の学年が卒業すると自然消滅してしまったり。特に文化系はなかなか維持していくのがたいへんだ。

僕自身は学生時代、考古学のクラブで考古学を学んだ。それは当時僕のいた大学には考古学の授業が少なく、履修したくてもできなかった。だから先輩達が指導する考古学のクラブでの勉強会が勉強の場だったし、後には現場の調査員が先生となった。

本学も考古学専攻があるわけではないが、開学当時から考古学研究会というクラブが毎日のように勉強会を開き、お互いに勉強している。原則として僕は勉強会には参加しない。先輩が後輩に教える、教えることで自分の判らないことがはっきりし、自分がまた勉強する、という勉強のサイクルがあるから、教員が勉強会に参加して教えすぎてしまうことは避けたいからである。
自分が他人に教えるという行為が一番勉強するのだ。

大学講義棟で一番夜遅くまで灯りがともっているのが考古学実習室だ。学生が自分達で勉強会をやっている。たいしたものだ。この灯りは僕の密かな誇りでもある。
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一昨年卒業したゼミ生(女子)からメールが入り、数日前に入籍したとの知らせ。仕事はたいへんそうだったけどバリバリ働いていたのに、今月で辞めるとのこと。
?っと思い返信メールで尋ねてみると予想通り、おめでただった。ダブルでめでたい!はっきりものの言える、ゼミでのムードメイカーで世話好きの明るい女性だったから、いい奥さん、いい母親になるだろう。

4年生が深刻な顔で研究室にやってきて、4月から働く予定だった個人経営の会社社長から生活できないような給与額を突然提示されたので、今から就職活動をします、とのこと。確かにアルバイトより酷い金額でとても生活できる額ではない。暗に雇えないという意味だ。

去年その社長のところで世話になると報告された時に、考え直すように何度か話したが、彼は就職活動のつらさから逃げてしまった。こんな結果になってしまい、もっと強く説得すべきだったと後悔。これから頑張って就職活動するように活動方法をアドバイスし、就職課にも手配した。しばらくは目が離せない。学生にも甘さがあったが、酷い話だ。

彼も今からの就職活動では苦労するだろう。歩合制、サービス残業、契約社員と正社員との格差。経営合理化の論理はあるだろうが、理不尽な給与体系の下では働けないし、未来を描けない。多くの若い人がこの問題に直面し苦しんでいる。
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