カテゴリ:僕の学生時代( 4 )

西村ゼミではとにかく欧米(といっても英語だけだが)の考古学の理論・方法論的な問題が議論された。エジプト学から旧石器、縄文、弥生、古墳と専門を異にする院生が共通に議論できるのは、欧米の理論・方法論だったからだと思う。ヨーロッパ新石器を扱うものでも、ニューギニア民族誌でも、オーストラリアアボリジニでも、どこかの地域のステイトフォーメーションでも、そこから何かの方法や理論的な枠組みを抽出して日本のそれと比較検討してみたかった。遺物分類やその取り扱い方に問題があるものも多かったけれども、そんなことは気にしていなかったように思う。

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by north-archaeo | 2006-03-24 19:32 | 僕の学生時代
もう随分前のことになってしまったが、私のW大学大学院生活は先生たちに恵まれた至福の時間だった。修士課程の研究指導は学部に続いて故西村正衛先生で、先生の大学院ゼミでは早くからビンフォードらの文献を読んできていた。僕がいた頃は丁度ケンブリッジのnew directionシリーズが刊行されはじめ博士課程の院生は先を争って読んでいた。先生のゼミは毎回英文論文の要約と批評だった。発表が当たって訳をしたり批評したりすると、先生にも博士課程の先輩たちにも訳を直され、自分の人類学・社会学理論、科学哲学分野の無知をさらけ出す結果となり、いつも冷や汗をかいていた。

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by north-archaeo | 2006-03-21 23:12 | 僕の学生時代
大学4年で掘っていたこのH早淵遺跡では後期旧石器で最も古い時期である武蔵野台地X層から局部磨製石斧が出土し、その上層のⅨ層下部からはまとまって何本も石斧が出ていた。だから卒論は後期旧石器時代の石斧をテーマにした。

卒論を書くために、数多くの石斧と製作剥片、その接合資料を出土していて、ちょうど報告書作成中だったH中病院内の現場事務所にはよく通った。とにかくすごい資料だった。そこの調査員で、石器のことを指導してくれたのがK学院大出身のY山さんだった。彼は旧石器の英文論文もよく読んでいて、また海外での旧石器調査にも参加していて、生活面ではハチャめちゃな所のある人だったが、僕にとっては憧れの人だった。
H中病院内の現場にはY山さんの後輩であるK学院大の学生さんが多く居て、K張君(藤村の遺跡捏造をM新聞スクープ前からHPで指摘していた人です)とはここで知り合った。彼はできる学生で石器実測もうまく旧石器発掘経験も豊富で、とても勉強家だった。

大学4年の冬、Y山さんに連れられK張君とA沢君と東北本線在来線夜行で仙台に行った。仙台市出土の『前期旧石器』資料を見るためだ。Y山さんは仙台出身でS器文化談話会のメンバーだった。
『前期旧石器』ってのはどんな石器なのか?初めて実際に目にする『前期旧石器』。んんん?なんで関東地方の後期旧石器時代初頭の石器の方がキタナい(不定形で二次加工が未発達)んだ??? どうして『前期旧石器』の方が整っているんだ???不思議だったが、非常に興味深かった。もっと知りたい、と思った。

そして大学院1年の春、Y山さんの紹介で、僕らはH川市のB場壇A遺跡の調査に参加したのだった。
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by north-archaeo | 2005-03-03 20:02 | 僕の学生時代
僕が学生時代だった1980年代は、開発に伴う遺跡の緊急発掘が多く、よく参加した。
S多摩に住んでいたので、M田やH王子での調査に大学1年の頃から出入りしていた。
エンピ(スコップのこと)の使い方も、移植ゴテの持ち方も、測量器材の使用法も、水糸の張り方も、遺構の掘り方や実測もみんなそうした緊急発掘で調査員から教わった。初めての発掘は縄文早期の遺跡だった。とても優秀な調査員の方で、調査の基礎の基礎を教ったことは今でも感謝している。

授業の日を固めて、出来るだけ平日に授業のない日をつくり、発掘現場に出ていた。学園祭の期間も大学の長期休みもすべて現場に居た。当時の考古学を勉強する大学生は皆、そんな生活をしていた。
大学2年の頃にはK分寺でH沢東遺跡の調査に参加するようになり、なんだかよく判らない石の道具やら丸い礫が出土する現場に、どんどんはまっていった。調査員のJ川さん、O笠さんも旧石器が専門で本当に親切でいろいろなことを教えてくれた。遺跡を訪問してくる多くの旧石器研究者に会えた。大学に行ってる場合じゃなかった。今はI宿文化資料館の学芸員をしているK菅君、今はN野県の考古学界で活躍しているO竹夫妻の奥様も当時はM大学の学生で、この現場で一緒だった。とにかく楽しい毎日だった。

ローム層の分層を覚え、礫群の図面をとり、出土石器の実測を教わるうちに、縄文の石器とは違い、機能のよく分からない、形が一つ一つ異なっていてどう分類していいかもよく分からない、そんな『旧石器』に興味を持ったように思う。

大学4年、東京N馬区で発掘した遺跡では旧石器の良好な資料を数多く出土した。ここは後に遺跡公園となり方形周溝墓など一部が保存されている。この遺跡を掘って僕は大学院進学を決意していた。
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by north-archaeo | 2005-03-03 08:45 | 僕の学生時代