カテゴリ:旧石器( 66 )

昨日は日帰りで遠軽町白滝に学生たちと行ってきた。遠軽町主催の『古代ロマン体験セミナー』に参加させてもらった。高速道路が上川まで伸び、峠もトンネルなので、札幌から白滝まで3時間かからなくなった。近くなったものだ。1日は講演会、昨日は見学と石器製作体験。見学のメニューは道埋文センターの発掘現場の見学、赤石山山頂部での黒曜石採取、8号沢の大露頭見学。それから山を下りて昼食、悠々塾での黒曜石石器作りとなった。
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道埋文の調査地点は幌加沢の出口左岸にあたる地点(ホロカ沢Ⅰとされた地点と近接する遺跡と思われる)で、湧別川に面する細長い中位段丘平坦面に立地していた。数年前に高位段丘面と中位段丘面が調査され、今回は中位段丘面の続きの調査であった。

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by north-archaeo | 2006-07-03 15:33 | 旧石器
明治大学付属中高建設予定地の発掘調査を見学してきました。ものすごく広い(15,000㎡)旧石器の現場でした。忙しい中、N口調査研究員に案内してもらいました。感謝感謝でした。c0065797_16115998.jpg
写真の右側の森は羽根沢台遺跡、右奥の森は東京天文台遺跡だそうです。野川のすぐ南側が遺跡です。
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遺跡は立川面にあり、基盤礫層は立川礫層です。いわゆるⅥ層から下が武蔵野面の遺跡とはちょっと違いますが、暗色帯があります。どのくらいの層に対比できるのかというところでしょう。

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by north-archaeo | 2006-06-05 16:28 | 旧石器
発表要旨、メモをもとに29日に書いたものを30日に加筆訂正した。
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5月28日日本考古学協会の研究発表会第一会場で「群馬県桐生市鶴ヶ谷東遺跡の前期旧石器」と題する発表が始まった。会場は広かったがかなり埋まっていた。発表者は東北大のA子島先生。地主が芹沢先生のところに「石器」を持ち込んで調査することになった経緯が説明された。「今回の発表はあくまで中間的報告としたい、・・・これまでの反省を踏まえての再構築が必要であり、学会に公開していきたい」旨の前置きがあり、「発表時間が短いので詳細は要旨を見てほしい、発表は発掘調査の状況を中心とする」と発表者の言葉があり、スライドが始まった。

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by north-archaeo | 2006-05-29 11:57 | 旧石器
古い古い群馬県在住の友人研究者からコメントが入っていました。連休中の発掘調査のHP、見てましたよ。

協会の発表、やはり気になりますよね。地元群馬ではどんな受け止め方なのか、協会でどなたか発言することを期待しつつ、協会に参加するつもりです。
このブログで必ず報告します。

また明治大学付属中高の建設地の発掘も見学してきます。
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by north-archaeo | 2006-05-25 14:43 | 旧石器
今日から連休。計画通りなら今頃は上士幌町の糠平湖岸で学生たちと踏査をしていたはずだ。ヒグマ避けのベルをカラカラ鳴らし、鹿が飛び出す林道を抜け、藪こぎして、湖岸での踏査をしていたはずだったのに、、、。しかし今年も4月の気温の低さと十勝の雪。現在でもまだ糠平は積雪7cm。数日前まで20cmを超えていた。
糠平天候
仕方なくこの連休の踏査は中止した。学生たちもがっかりしていた。今日は天気が良く、上のサイトで見る限り、糠平の雪はどんどん融けているようだ。ん~ん、連休後半に踏査やれば良かったかなあ。まあ今から悩んでも間に合わない。来週以降の週末で計画するほか無い。
連休は連休になってしまった。
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by north-archaeo | 2006-05-03 15:29 | 旧石器
5月末の日本考古学協会に参加するのでチケットの予約などを済ませた。
T北大学が最近調査した「前期旧石器」遺跡の研究発表がある。これを是非とも聞きに行かねばならないと早々とチケットを予約したのだ。群馬県桐生市の「遺跡」ということだが、関東の研究者の間で、調査時には話題にならなかったのだろうか?調査を見に行った研究者はいなかったのだろうか?どんな様子だったのか?北海道にいるので関東の情報まで入らず、協会の発表タイトルを見るまでこの遺跡のことは知らなかった。
どんな出土状況なのか?、出土層は?シルトか礫層直上か風成ローム層か?関東だからどのテフラの下か?出土石器は?石器組成は?とにかくとても気になっている。

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by north-archaeo | 2006-04-27 19:53 | 旧石器
先週末、長野県飯田市で竹佐中原遺跡をめぐって報告とシンポジウムが開かれたと言う。私は参加出来なかったので、内容は新聞社のHPで見ただけであるが、時期や位置づけをめぐって意見が割れたと言う。

1月に長野県埋蔵文化財センターに行って、竹佐中原の資料を見せてもらった。運よく、2000年調査資料と2005年調査資料の両方を一度に並べ、見せていただいた。2000年調査は既に報告書が刊行されているが、2005年はまだ整理中である。センターの諸氏、歴史館のO竹氏に感謝感謝である。
一言でいって難しい。両年度は隣接地点の調査で、母岩別資料でも一瞥して共通する石材がある。ブロックによって石器群や技術の様相が異なっており、一概に時期を決定できないだろう。もちろん層位的には層厚が薄く、ブロック間で上下はないから層位的に時期差を決定できない。
2000年調査資料を見ると風化した石材(ホルンフェルス)の大形石器は古拙に見える。しかし2005年調査資料には同一石材で中小型の剥片が多数あり、剥片素材で腹面で剥離を行う石核もある。これとはまったく異なる白色に風化する珪質な凝灰岩の小型石器が両年度資料中に見出され、ブロック間をまたがって存在する。ホルンフェルス製石器の一群とはまったく異なった印象を与える石器であり、後期旧石器前半期の様相を示してもいる。
果たして、後期旧石器をさかのぼるのか、後期旧石器前半期のものなのか、いくつの時期か混在するのか、判断は難しいだろう。とにかく当面は接合など整理作業の進展を見守りたい。
シンポジウム記録などそのうち刊行されるのだろうか、興味深い。
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by north-archaeo | 2006-02-23 17:13 | 旧石器
二日目はH海道埋蔵文化財センターでの資料見学会で、例年とは少し異なる日程・時間配分だったが、会場には石器実物とブロック分布図が並べられ、様々な遺跡の遺物を比較できて面白かった。研究者同士が会場のあちこちで調査担当者に質問をしたり、議論の輪ができ、ワイワイと石器を見学するといういつもの風景が展開された。もちろんD埋蔵文化財センターの白滝資料はあまりにも膨大でもちろんごく一部だけの展示であったが、やはり迫力があったし、K白滝5遺跡の資料は幌加沢の出口にある遺跡なのに、遠間地点とはまったく異なる様相であり、個別の『技法』の定義について考えさえられるような資料で興味深かった。B幌町の資料も旧石器終末期を考える上でたいへん勉強になる資料だったし、C歳市出土の細石刃石器群もA井氏の再整理を経てエンドスクレイパーが何本も接合する石刃の接合資料があり目を引いた。
今回の企画をした世話人会の方々にとっては数々の苦労もあっただろうが、大変有意義な二日間を過ごさせてもらった。
来年は20周年ということでY形権での開催。今年のような時期なら行けそうなんだけどなあ。暮れの押し詰まった時期にはなかなか出られそうもない。来年はいつ開催なのだろう、今から気になる。
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by north-archaeo | 2005-11-28 01:08 | 旧石器
T北日本の旧石器文化を語る会が土日に札幌で開催された。もう19年目という。発表のトップバッターは本学出身でH大大学院生になった学生の発表だったのでこちらまで緊張してしまった。上川盆地でのH大の旧石器調査をまとめたものであったが、成長を感じさせる発表でもあり初々しくもあり良かった。初の学会発表がアットホームな雰囲気のこの会だったのは幸運かもしれない。
黒曜石原産地関連の発表が目立った。栃木県高原山黒曜石原産地遺跡群の発見者の一人であるK武氏の発表は黒曜石露頭と原産地遺跡を発見した興奮が伝わってきた。H海道埋蔵文化財センターによる白滝遺跡群の大規模調査もいよいよ終結に向かっている。そんな中でのS木氏の発表は10トンの黒曜石との格闘という整理作業の成果であり、白滝遺跡群全体を概観する優れたものだった。うまくまとめると世界的に誇れるレベルの研究になるだろうことを予感させた。原産地遺跡群に巨大なトレンチを一本入れた形になっているのだから、その成果が面白くない訳がない。石器分布密度の粗密を遺跡別に示したり、どんな石器群のブロックがいくつあるのか分かりやすく表にまとめられていたり、遺跡群内での各遺跡の機能にも触れ刺激的だった。
K村先生発表の幌加沢遠間地点の継続的調査も、整理作業でアクロバティックな接合資料が増え、興味深いものだった。発表全部を紹介することは出来ないが、最近学務でなかなか学会に参加できなかった私にとっては刺激的な一日となった。
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by north-archaeo | 2005-11-28 00:57 | 旧石器
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週末私用で紋別に行った帰路に、久しぶりに白滝に寄った。市町村合併で白滝村は遠軽町に変わってしまったが。白滝13地点は写真の矢印下の部分である。以前、Y崎先生が「線路を歩いていて露頭があり、そこから黒曜石が顔を出していたんだ」と遺跡発見の経緯を話してくれた。台地裾部をJRが切っている。この露頭で石器を見つけ調査となったのだ。シルト層を出土層としているという。出土石器に磨耗痕はなく、石器接合もあるので、上流から流されてきたようには思えない。本石器群の位置づけについてはまだ問題が残っている。この石器群の整理作業に着手したいのだが、なかなか進まない。D埋蔵文化財センターの白滝遺跡群の発掘調査報告書はあと数年で完結するという。当方も頑張らねば。
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by north-archaeo | 2005-11-09 13:30 | 旧石器