日本考古学協会テーマセッション

昨日の日本考古学協会では「日本旧石器時代文化のはじまりと特質」と題したテーマセッションが開催された。第1部は日本旧石器時代の起源。第2部は東アジアの旧石器時代と日本列島。第1部冒頭のI川日出志氏の問題提起は重いものだった。以下、発表要旨から引用しつつ紹介したい。




I川氏は捏造事件について考古学者を5つのレベルに分類(Ⅰ:張本人  Ⅱ:共同研究牽引者  Ⅲ:共同研究参画者  Ⅳ:成果を容認した考古学者  Ⅴ:すべての考古学者)したうえで、「これまでもっぱら問題視されたのはⅠ・ⅡおよびⅢである」が、「社会から見ればⅣ・Ⅴも同じ考古学界であり」、研究する時代やテーマを超えて、課題を共有し対処する必要があるという。「どうして弥生研究者である私がこの部会で話すのか?と皆さん思ったでしょう?その意識が問題なんです」とI川氏は話した。JR宝塚線の事故調査委員会報告が事故の直接原因だけでなく、その様々な誘因について言及した点を挙げ、事故の連鎖を断つ組織づくりが重要であるという朝日新聞の記事を引用し、「考古学の日常に複合的な誘因はないのか」と問うたのだった。また某大学の考古学コース志願者数のグラフを提示し、低落傾向にあった歴史コースも他のコースも、2000年以降志願者が増加傾向なのに、考古学コースのみが更に低減しているとし、これは社会の考古学会への信頼・関心が下がっていると言えないかと解釈してみせた。そのうえで6点の課題(①考古学上の問題はまず考古学的手続きで分析・検証し他分野の成果は独立した体系として尊重して相互検証に用いる。②資料に即した検討・議論を徹底し、既出資料をつねに見直す。③学史の徹底。④確かなことと可能性のあることの峻別を明確にする。⑤異なる見解を尊重する。⑥資料・課題・問題の公開・共有を。)を提示し、レベルⅡ~Ⅴの各人がそれぞれに実行すべきと説いた。
 すぐにT岡氏から質問・意見が出て「具体的にどうやれば社会的信用が得られるのか?以前に行った考古学者と自然科学者との集会で、「考古学者は最低限石器を見ることに責任を持って欲しい」と言われたではないか。だとすれば石器を見る教育システムを作ることを一番初めにすべきだ」と。I川発表に対し、第1部の最後の討論でもO田氏から意見が出て、「レベルⅠ~Ⅲの研究者が公職を辞するなど責任を取らなかったことが信用低下の原因だ」と述べた。
 レベルⅡの私が何かコメントできる立場にあるとは思えないが、研究のスタイルや研究者間の在り方に見直しを迫るI川氏の発表に、捏造問題を忘れ去るのでなく刻み込んで研究することの意義と難しさを改めて思った。あれから僕らは変われたのだろうか。自問するのだが、なかなか難しい。
 ①の座散乱木の火砕流堆積層中から石器が出土した問題でも、1984年に慶応大学大学院の授業中に火山灰学者のM田先生と議論したが、先生は火砕流堆積なので自然石しか入らない、流下中に割れた石が入ったのではないかとおっしゃるし、ボクは人工品であることは間違いありません、火砕流が間隙を持って何度も堆積したのではないかと言うし議論はかみ合わなかった。お互い専門外に踏み込めない。そこに問題がある。分野を超えてフィールドを共にして教育を受ける必要性があるように思う。⑥の資料の公開性は発掘時からかなり意識していた。だから公開していないから捏造が分からなかったなどという事実はない。多くの研究者が発掘に参加していたし、多くの研究者が石器を見ていたが、疑惑を口にする者は無かった。1998年に不動坂の石器を見て「おかしい」とボクに指摘してくれたのはただ一人だった。彼の指摘を深く受け止める思慮深さがボクには欠けていた。その彼が昨日のテーマセッションの最後の発表者だった。湧別技法の本州への波及についての彼の発表は昨日のテーマセッションの中では秀逸だった。こういう研究をしなければなあ、という自戒とともに協会会場を後にした。
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by north-archaeo | 2007-05-28 21:02 | 旧石器