調布市野水遺跡

調布市野水遺跡第1地点の発掘調査報告書が刊行された。それで遺物を実見してきた。遺跡は立川面に立地し、第4文化層とされた石器群は立川ロームⅨ層下部~Ⅹ層上部段階の環状ブロック群(長径28m/短径25m)である。この段階の石器群としては、武蔵野台地屈指の遺跡だった。目を見張る内容だったのでリポートしたい。




野水遺跡についてはこれまでも明治大学校地遺跡の関連シンポジウムなどでも紹介され、関東ではご存知の方も多いのだろうが、不勉強のボクはこの5月に明大校地遺跡を見学に行くまで知らず、N口さんに教わった。前述したように、遺跡は立川面に立地し野川遺跡の1キロほど下流に位置する。野川支谷に面した立川「段丘面から谷部への緩斜面部に形成された石器石材の豊富な立地での斧形石器とその他の石器の製作址」(報文93ページ)と報告者は述べている。

武蔵野台地では形状の整った環状ブロック群がほとんどなかったが、野水遺跡は極めて整った環状のブロック分布である。報文で第4文化層とされた石器群は石器4481点、礫1582点を数える。基本的には石刃素材の基部加工のナイフ形石器が多い。特記されるのは遺跡内で石刃生産を行っている点で、黒色の頁岩などを使った両設打面の石刃石核と石刃が多数出土している(『旧石器研究 第2号』所収のS藤宏之氏の論文で指摘されている)。武蔵野台地のⅩ~Ⅸ層下部では数点の石刃、基部加工ナイフが組成される石器群が多く、野水遺跡のような例は見たことが無い。
とにかく石刃をバンバン作っている。それと共に剥片素材石核や打面転移石核など横打系剥片を剥離するものもたくさんある。石核の多さは突出しており483点と報告されている。実際に天箱で5箱くらいに石核だけ入っていて圧倒され、時間がなかったこともあり全部見切れなかった。
石斧製作も興味深い。ホルンフェルスや凝灰岩製の石斧を遺跡内で作っている。製作剥片、欠損品、礫から加工を始めたばかりの状態のもの、整形がやや進行したものなど、非常に多くの石斧関連資料がある。しかし、細部調整、側縁調整まで施された完形の石斧は1本しかなく、それも3つに割れている(5712・3229・4028)。研磨面の顕著なものも少ない。目の前の谷で礫を採取し、石斧製作を行い、製作した石斧は持ち出しているような感じである(報告書ではすべての石斧製作剥片が図化されているわけではないので、詳細不明)。

黒色の珪質頁岩製の斧形石器と分類されている資料(6318)は、両側縁に丁寧な調整加工が施されバチ形に仕上げられているが、刃部には礫面が残置され二次加工が無い。武蔵台遺跡Ⅹa層の出土の黒曜石製で擦痕があり、両側縁を加工したバチ形の石器(「へら状石器」と呼称されていたかな?)によく似ている、と同行したT大院生のN村さんが言い出した。斧形石器と報文で分類されたものの中で、これだけが珪質頁岩製であり、他の石斧とは全く作りが異なる。確かに武蔵台例の類品と判断して良さそうである。

接合する石斧関連資料も多く、だんだん観察しているうちに、扁平礫に加工があるとすべて石斧の未製品見えてくる。報告書の器種分類はそうした傾向が伺え、通常なら礫器と分類されるだろうものも斧形石器未製品とされている。また平坦剥離によって調整された台形様石器はないようだが、横打系剥片の打面対辺に微細加工の施された台形様石器は未報告資料中に見られ、器種分類は再検討が必要と思う。

立川面に立地しているから、第4文化層の時期なら、離水からそう時間が経っていないので、遺跡近傍の段丘礫層から比較的容易に石器製作に適した礫を探し出せただろう。礫層に容易にアクセスできる立川面の立地は、石材を吟味する必要のある石刃や石斧の製作には適していたに違いない。

上京したら再度時間をかけて見学したい資料だ。
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by north-archaeo | 2006-07-10 15:46 | 旧石器