北海道新聞夕刊特集(上)

北海道新聞の12月20日~22日の夕刊で『再構築できるか日本の旧石器考古学』上~下という中尾吉清編集委員による連載特集が掲載された。

まず(上)は捏造か発覚から5年、石器を見る目養う教育を、と見出しがつけられ、書き出しは1961年の東大調査団のイスラエルの洞窟でのネアンデルタールの全身骨格発見についてである。海外に比べ日本では古い人骨は溶けてしまい旧石器時代の人類の存在は石器だけであり、だからこそ「石器を見る眼力が求められる」と始める。

そこで竹岡俊樹氏への取材。氏が学んだパリの大学院では「毎日が実習の連続。石器を一つずつ観察、議論しながらサイズ、剥離の仕方などを記号、数値でカードに記録する。それが石器の種類、型式を議論する客観的な基礎となる」とし、それに対して日本では「教授がこれは『石のナイフだ』と言ったら学生はみんな黙って聞いている。見た目の印象で論じるのは心霊写真を信じるのと同じ」と竹岡氏。日本の石器教育が悪いとしている。





層位は型式に優先するとする考え方も地層が年代の決め手とする考え方で石器研究より古い地層を掘ることに熱中し捏造事件を招いたという。押圧剥離の縄文石器を埋めても見抜けなかったとも。
「再出発のためには研究者が共有できる基準をもとに石器の種類、型式を論じる教育システムの構築が必要だ」と氏は呼びかけ、多数の著書で学界の大家たちの研究の問題点を指摘してきたが、研究者たちは沈黙を決め込んで「私を訪ねてくるの新聞記者だけだね」と紹介している。


ほとんど竹岡氏への取材だけで構成され、記事に目新しさはない。日本の大学の石器教育の紹介も意図的で酷すぎる。初学者にある石器を「こうだ」と位置づけて見せ、何でそうなのだろう、と疑問を持たせて石器研究に誘う。興味を持った者だけが石器研究へと入っていく。そんなものではないのか。フランス流の研究だけが正しいと言いたいのか。ならば山形県富山遺跡石器群の位置づけを巡る竹岡氏と阿部祥人氏の議論を取り上げないのは余りに偏っている。取材不足。
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by north-archaeo | 2005-12-23 18:17 | 捏造事件