『下流社会』を読んで

光文社新書の三浦 展著『下流社会』を読んだ。昭和ヒト桁世代、団塊世代、新人類世代、団塊ジュニア世代という世代の消費や階層意識を扱った本である。読み終えてうなってしまった。ニートやフリーターの増加についても、低価格商品(100円ショップやユニクロ)と高価格商品(レクサスや高級輸入品)の商品群の2層化についても、なるほどよく説明している。日本が階層社会、「希望格差社会」になっているということが近年多くの社会学者の本で書かれている。この本も消費動向を扱いながらそのことを示している。

階層による消費動向、趣味志向の違いを鮮やかに分析したのを見たのは、フランスのブルデューの著作(『ディスタンクシオン』)であった。それを読んだとき、ボクには単なる考古学的な関心しかなかった。つまり社会階層によって生活、嗜好、趣味はどのように異なるのか?それはどのように物質文化に反映されるか?という興味だった。考古学では物質文化から社会階層や階層化した社会を推測するからだ。しかし昨日『下流社会』を読んで感じたのは、日本と日本人のこれからはどうなるのだろうか?という漠然とした不安であり、そのとき大学は必要とされ続けるのだろうか?大学はそうした社会に対応してどう変わるべきなのか?という問いである。
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by north-archaeo | 2005-10-24 17:45 | 大学教育