北海道の縄文草創期土器

O広市の大正3遺跡出土の爪形紋土器のAMSによる年代測定値が14500年と公表されたとH海道新聞朝刊に載っていた。
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20050311&j=0031&k=200503112856
縄文時代草創期の土器であることが確定したわけである。
調査は一昨年2003年で現在報告書作成中のはずである。出土したときにも話題となっていたがC14年代もハッキリしたわけだ。
http://www.pref.hokkaido.jp/kseikatu/ks-bsbsk/joumon/remains/11.html
http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/03iseki/1.html

発掘当時、石器の集中部の下から土器が出てきて、この土器を見るまでその遺跡の時期が草創期であるとは、調査担当者も思っていなかったようだ。北海道でこの時期の土器は初めてであり、細石刃の時期からこの土器の時代へどう変遷していったのかは不明である。まだ見つかっていない数段階の遺物群がありそうで、旧石器から縄文への変遷が明らかになったわけではない。しかし本州で多く見つかっている爪形紋土器が十勝で見つかった意義は大きい。道南・道央での今後の発見も期待される。

共伴する石器群も注目されている。半月形石器、多数の彫刻刀形石器、小型の槍先。本州のどの遺跡資料に近似するのか、大陸のどの文化と似ているのか、比較検討が進められているのだろう。

草創期の遺物は礫層のすぐ上の層で検出された。当時は小河川に面した川原で、そこに一時的に滞在し火をたいて(焼土がある)、土器を残し、石器を製作した場所だ。河川の浸食で削られてもおかしくないような場所に遺物は遺されていた。

北海道はまだまだ驚くような遺跡が、眠っている。
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by north-archaeo | 2005-03-11 08:40 | 旧石器